はじめましてm(_ _)m バイクの部

 2009-06-19
 昭和47年(1972)高1の11月(16才)に自動二輪(小型限定)を試験場で受験して取得した。この年から自動二輪免許は小型と限定なしの二つに分かれていた。試験場での試験車は小型がホンダのCD125。限定なしはCB350だった。翌年の3月に限定解除に挑戦したが不合格。挑戦は続けたかったが経済的なこともあり1回だけで断念。125CCまで運転できればそのうち自動車の免許も取るだろうし…。とあきらめていた
 高校時代は、母親が車の免許を取るまで乗っていたホンダのカブ、いとこからもらった古いヤマハの車種不明2ストローク単気筒スポーツタイプ90CCに乗っていた。学ラン、ノーヘルでも捕まることはない時代だったので風を感じながら走ることができた(砂利道は土煙を浴びながら)。この90CCは通学のため近くの駅までの約2kmを毎日使用していたが、高3のある日、終列車(時代を感じさせる?)で帰った駅から家までの帰り道に突然エンジンが止まり押して帰った。家に着いてエンジンのヘッドをバラしてみたらピストンの真ん中に穴が…古いバイクなのでピストンはとっくに欠品。再起不能だ。悲しかった。その後はチャリで駅まで通った
 当時、125CCまでは許可をもらえば通学に使用でき、通学許可をもらっている生徒はヘルメットに校章のステッカーを貼らされていた(学帽代わり?)。125CC以上のバイクに乗ることは禁止だが違反でもしない限り学校でも黙認状態で、180、250、305、350、380、400、450、500、650、750CCまで学校の近くの松林に駐車されていた。中には学校敷地の駐輪場に堂々と置いている強者もいた
 地域の高校の取り決めで、2人乗りは禁止。自分はこれで3回警察に捕まった。このことは学校に通報されるだけでキップは切られないが、生徒指導の先生に2回職員室に呼ばれた。次は停学だと言われたが、3回目は担任から注意されただけで結局停学にはならなかった
 高校時代は友人達からいろいろなバイクを借りて乗っていた。高2の時、CB350を借りて2人乗りで国道の急カーブを曲がったところで覆面パトカーとバッタリ。当然停止させられ免許条件違反で反則金4,000円のキップを切られた(小型限定だが自動二輪なので無免許にはならない)。この2人乗りは学校に通報されなかった交通機動隊は県警なので所轄のように学校とつながっていなかったのかなと今になって思う

 高3の10月(18才の誕生月)普通自動車免許を取得するため自動車学校に通い始め1ヶ月ちょっとで卒業、運転免許センターでの学科試験に合格して12月に普通自動車免許を取得した。自動車学校に行かなくても試験場で取れる自信はあったが、親が自動車学校に行けというので通った。学校をあまり休まなくてもよかったし、金は親が出してくれたし…。
 免許を取ってから、高校に通っている間は家のトヨペットコロナを通学(自動車での通学は禁止だったが)や遊びに乗り回していた。高校を卒業し就職する際にマークⅡ2000HTを中古で購入し通勤、遊びに活躍?してもらった。この車は4年後に弟が軽トラに追突して前が壊れ廃車にした。その後スターレットS(新車6年)、ダイハツアトレーバン(新車3年)、タウンエースワゴン(新車17年)、と乗り継ぎ現在はスバルヴィヴィオビストロ(中古)に乗っている

 就職してからもバイクに乗ることはなくなったわけではなく、弟のホンダノーティDAX50CCに乗ったり友人達から借りたりして結構乗っていた。23才の時、中古でズズキのTS125(ハスラー)を購入した。通勤で乗ったり、川原や砂浜を走ったりしていたがエンジンに軽い焼き付けを起こしてしまい、動くには動いたが乗ることがなくなったハスラーは父親に勝手に処分されてしまった。
 平成3年(1991)34才の時、自動車の整備のため立ち寄った整備工場でスクーターのカタログが目に付き思わずホンダのスペイシー125の新車を注文してしまった(ローンで)。DSCN1228.jpg
納車後は通勤(約2km)や子どもの迎えなど生活圏内の利用が多く、遠くへ行ったり長時間乗ったりすることはなかった。平成20年(2008)の5月、先輩がほしいというので安価で譲った。ここは積雪寒冷地のため11月から3月までは冬眠状態なので走行距離は少なかった
 実は、平成5年頃からは後輩から無償で譲ってもらったホンダのトライアルTLM50(エンジンがチューンされていて実際は約65CC)も所有していた。
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トライアルを真剣にやったわけでもなく近くの山に登ったり、ちょっとした斜面を上ったり降りたりしたぐらいだった。あまり乗らなかったのでフロントフォークが錆びてオイルシールを痛めオイル漏れがひどかった。フロントのタイヤだけは新品を購入して数年たっていたが劣化はなく、ホイル等の錆びもある程度磨いて落としたので外観は悪くなかった。飲み会で会った弟の友人に話したらほしいというのでスクーターと同じ頃に無償で譲った。代わりにジャンク品の12弦フォークギターを貰った。ペグを少し改良したら見事に復活。時々弾いているが12弦はチューニングが面倒だ。
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 一気に2台のバイクがなくなり…。1年たった。毎年春にやっていたバッテリーの接続、充電、ガソリンの入替、エンジン始動をすることもないので何となく寂しい思いをしていた。
 5月の5連休。特に遠出の予定もなかったし、子どもたちが帰省してくる様子もなかったので家でのんびりしているつもりでいたが、のんびりしていたのは最初の1日だけ。2日目と3日目はJRAとIRAに一人で出かけた。4日目。我慢できなくなった妻が隣町の道の駅に行くと言う。渋滞を予測していたので渋々出かけたら案の定大渋滞。すれ違うでっかいバイク群。やっと着いた道の駅にもでっかいバイク群。しかもオジサンライダー。52才の自分よりどうみても年上の方々もいる。実はでっかいバイクに乗りたいとはずっと思っていたが免許を取るのはムリだと思ってあきらめていた。

 今は免許の制度が変わり、自動二輪(小型限定が125CC以下、中型限定が400CC以下、限定なし)となっていたのが、普通二輪(小型限定が125CC以下、限定なしが400CC以下)と大型二輪(限定なし)に分かれているらしい。そういえば自分の免許証が自二から普自二に変わっている。条件等は小型のまま。当然だが…
 近くの自動車学校のホームページをのぞいてみたら去年から二輪教習を開始していた。料金表を見たら大型二輪、所持免許が普通二輪の場合11万円ぐらい。6月に満期になる定期(妻には内緒)がある。それ以外自分で自由になる金はほんのわずかしかない。自分の免許は小型限定なのでいくら割り増しになるのか?10日ほど悩んで、思い切って自動車学校に聞きに行った。電話でもよかったのだが、わざわざ聞きに行ったということはもうやる気だったのかもしれない
 小型限定だと技能教習が8時間多くなり、それでも15万円あれば何とかなりそうだ。他にフルフェイスのヘルメット、グローブ、かかとのある靴が必要とのこと。もう完全にやる気になっている自分。定期の満期まで約1ヶ月。ヘルメットはスペイシーを買った時の物があるが15年以上使わないままになっていたためカビ臭い。ネットで調べたら洗えという意見があったので洗剤を付けて洗ったら石けん水が緑色に…。数回洗って乾かしてファブリーズ。てっぺんのスポンジが無事でよかった。少しカビ臭い気はするが気のせい。気のせい。
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 グローブはレジャー用の安いものでいいだろう。ホームセンターで買った。DSCN1283.jpg
 靴は?ライダーブーツは値段が高いので作業用安全靴にしようか?靴屋に行ったが最近の安全靴はかかとがない。まさかビジネス用や礼装用の靴でもないし。何気なく家の靴棚に目をやったら父親の防寒靴があった。かかとがある。滑り止めの金具が着いているが支障はなさそうだ。これに決定。DSCN1285.jpg
ホームページに写真が4枚必要と書いてあったので、自分でデジカメのリモコンを使って撮ったプリントはL版の用紙1枚に6コマ印刷できた。
 定期の満期が来た。仕事を休んで銀行へ証書をよく見たら満期は次の日の土曜日月曜じゃないと現金にできないと言われたが、幸いにもこの日は給料日とりあえず給料から必要分をおろして自動車学校へ申し込みに行った
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 受付のオネーサンに大型二輪の入校申し込みの旨を伝え、免許証を提示し、申請書に必要事項を記入。写真を4枚提出。せっかく持って行った料金は後日でいいと言われた。平成21年6月19日(金)、入校してしまった。いきなり免許センター受験は絶対ムリだと思ったので…。教習内容は1段階が9時限、2段階が11時限の技能教習のみ。(1時限は50分)
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 つづきはその後の奮闘?記
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