サッカーとの関わりと思い

 2009-07-18
 昭和45年(1970)4月、中2になる時、町内にあった二つの中学校が統合した。向こうの学校に、前年度全県優勝したサッカー部があった。サッカー部がなかった中学校にサッカー部ができ、自分はサッカーというものを初めて目の当たりにする。それまで体育の授業でサッカーみたいなことをやったことはあったが、全然違う。蹴ったボールがこんなにも飛ぶものなのか?今まで出会ったことのない個性的な先輩達や同級生達。
 自分はスポーツがあまり得意でないので文化的な部活に所属していたが、あまりにもおもしろい(サッカーとサッカー部の人々)のでいつもサッカー部の練習を見学していた。
 こちらの学校からは部活に所属していない生徒が何人かサッカー部に入部したが、向こうには小学校にもサッカー部があったらしく、こちらからあとで入部した2年生より向こうの1年生の方がはるかに上手かった。その時のチームはあまりいい成績を残せずに終わった。
 同級生達のチームはどうだったか?自分がやっていた部活が応援に行くのも活動の一つだったので進んでサッカーの応援に行った。たしか県大会の1回戦で負けたような気がする。あとで入部した同級生で選手になれたのは1人だけで、彼は高校に入ってから頭角を現し、社会人になってからは国体選抜に選ばれ優勝したこともあり、彼が所属するチームが日本リーグ2部に昇格したときはそのチームのキャプテンだった。

 自分のサッカーといえば、中学時代は別の部活に所属している友人とボールを蹴って遊んでいた。家に帰ってからも近くの広場でボールを蹴っていたが、蹴るのは上手くなっても元々脚力がないため遠くには蹴れなかった。中3の時、校内球技大会の選手に選ばれ(これは自分としてはすごい快挙)試合相手は同学年のチーム。PK戦になって何番目かで蹴って決めた。このときは膝がガクガク震えたのを覚えている。この試合は勝ったがあとの試合はどうだったのか、全然覚えていない。
 高校生の時もいつもボールを蹴って遊んでいた。高1の時、近くの小学校の校庭で遊んでいたら一人の小学生がやってきた。一緒にサッカーをやって、へたくそだとバカにされた。その小学生は後に全国高校サッカー選手権で50mシュートを決めて有名になった小松晃。

 高校の時は応援団だったので各部の応援に行った。野球、バレー、ソフト、相撲、柔道、重量挙、もちろんサッカーにも応援に行った。昭和49年(1974)、3年の時、インターハイ予選でサッカーが決勝まで進み、決勝は雨中の試合。1-0で勝ちその夏のインターハイに行ったが、応援団は連れて行ってもらえなかった。雨の中、びしょ濡れで一所懸命応援したのに…。インターハイ開催地は九州。県までは覚えていない。

 4才年下の弟は自分と違い運動神経がよく、中学でサッカー部に入った。自分が高校を卒業して就職した年に3年になったので、弟たちの中学サッカーも結構観に行った。が、ボールを蹴ることはあまりなくなっていた。車で遊び歩くのに夢中だった。

 その後、友人から誘われて町のリーグ戦に出場するためチームに入りサッカーをするようになった。
お盆の全町サッカー大会などにも地域のチームで出たり、職場のチームでマイナーな大会の公式戦に出たこともあった。このころ、体力も技術もない自分は、これはやるものじゃなく観るものだと悟った。日本リーグ、社会人、高校、中学、スポ少まで近くで開催されるものは、ほとんど観に行った。
 長男がスポ少、中学でサッカーをやり、二男は高校までやった。たいていの親は自分の子どもがいなくなると観に行かなくなるようだが、自分は妻と一緒に今でも各カテゴリのサッカーを観に行っている。

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 自分が所有している‘85日本リーグ1部・2部のパンフ なぜかその年のしかありません…。が、ページをめくると往年の名選手が、、いますよ~。
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